禁酒の扉を開く

社会人になってからは、楽しいこともたくさんありました。仕事仲間と飲みに行き、笑い合った夜も数え切れませんでした。でもその裏では、仕事のストレスや人間関係の悩み、将来への不安で辛い思いをしていました。毎日遅くまで働き、家に帰ると心も体も疲れ切っていました。そんな時、試しに飲んだ缶ビールが空腹に効いて、ふわっとした気持ちよさを与えてくれたのです。「こんなに楽になるものがあったんだ!」と驚きました。それがきっかけで、だんだんとお酒が手放せなくなりました。二十歳を過ぎた頃には、毎日6リットル(ロング缶6本)も飲む生活になってしまいました。結婚し、二人の息子にも恵まれましたが、どこか満たされない思いがあり、毎晩のようにお酒をあおる生活を変えられずにいました。

ただ漠然と「自分を変えたい」という思いはあり、このころから「お酒」が自身の生活や健康上に影響を与えていることは自身でも分かっていました。病歴は十二指腸潰瘍、尿管結石、椎間板ヘルニアなどがあります。
時折「お酒をやめよう」頭に浮かんでは消えていたように思います。
お酒をやめたい思いはあったが、夜になるとその思いはかき消され飲んでしまう自分が続くと、その自分の矛盾が嫌になり、やめたいという思いをかき消すように、どこかへ追いやっていたようnたような気がします。
しかしその苦しみを抱えて放さなかった原因は、今振り返ると「洗脳」にあったのです。


依存していたころの辛さ

朝、強烈なカラカラの喉、舌は乾ききっている。急いで水を飲み、自分自身への険悪感とともに目覚める。そして意識は朦朧としたまま会社へ向かう。酔いがさめるお昼ごろまでは体も心も不調で、なんとか仕事をこなしていた。そんな生活が気づけば20年以上も続いていました。

「もうやめたい!」毎朝そう思うのに、夜になるとその思いを知っていながらまたお酒を煽る。そのたびに自己嫌悪に襲われ、「こんな自分はダメだ」と落ち込む。それでも翌日になると、同じループに陥ってしまう。この繰り返しの中で、自分を責める気持ちはますます強くなり、抜け出せない無力感に支配されていきました。

「もうどうでもいい…」そう呟く自分に、次第に絶望していました。


私に変化が起こったこと

そんな私の生活に変化が訪れたのは、38歳のとき。幼馴染から駅伝大会に出ないかと誘われたのがきっかけだった。当時は離婚して間もなく、心も沈みきっていたが、何となくその誘いに乗ってみることにしました。

学生時代にはサッカーを6年間しており、持久力には自信がありました。しかし、20年の不摂生が染みついた体はボロボロでした。結果は惨憺たるもので、何度も棄権しようと頭をよぎりながらも、朦朧とした状態でなんとか襷を繋いだのです。ゴール直後は足が鉛のように重く、息が苦しくて立ち上がることもままならない状態でした。心臓が激しく鼓動し、全身には力が入らずよぼよぼとした走りでした。「このままでは体が壊れる」と強烈な体力の衰えを自覚したことを忘れられません。

皆にも笑われました。しかし、慰労会で久しぶりに幼馴染と語り合い、さらに走ったあとの何とも言えない爽快感を感じました。その経験が、私の人生のターニングポイントだったのかもしれません。

それから現在59歳までの20年以上、私たちは年に2、3回の駅伝大会に出場しています。毎年の練習を通じて体力は確実に向上し、γGTPや血圧や体重も安定してきました。駅伝のトレーニングを始めた頃は、わずか数キロ走るだけで息切れしていましたが、現在では20キロ以上の距離も問題なく走れるようになっています。また、練習後の爽快感や達成感は何物にも代えがたいものです。さらに、仲間との絆が深まり、駅伝は私たちの恒例イベントとなっています。


最初に駅伝を走ってから禁酒までには7年ほどかかりましたが、間違いなく人生が好転し始めたのは駅伝を走った後でした。
やめるまでの7年間は、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるような矛盾を感じながら過ごしていました。具体的には、夜には飲酒欲求に負けてしまい、自己嫌悪に陥る日々が続く一方で、昼間は「今日こそやめたい」と真剣に考えることもありました。少しずつですが、自分の生活を見直し、禁酒へのモチベーションを高める小さな行動を積み重ねることで、やがてアクセルだけを踏むようになり、禁酒への決断に至りました。


自分を納得させる禁酒

そんな時に出会った著書『禁酒セラピー』の核心は、「洗脳」から解放されることでした。私の場合は父親の影響が強くありました。父は自身がお酒を毎日飲んでいましたが、人とのコミュニケーションの場では常にお酒をすすめて、酔って話をしないとコミュニケーションが成り立たないようなことこともよく話をしていました。
「禁酒セラピー」は、飲酒が習慣化する仕組みや、社会や文化がどのようにお酒を美化してきたかを具体的に解き明かしています。例えば、テレビのコマーシャルで描かれる「仕事終わりの一杯が最高のご褒美」や、ドラマで頻繁に見られる「友情や絆が深まるお酒の場面」など、私たちの日常に溶け込んだメッセージにどれほど影響を受けているかを知ったとき、自分の考え方を疑うきっかけになりました。そして、それらの価値観を客観的に見つめ直し、「お酒は必要ない」と自分で納得するための具体的な方法が詳しく書かれていました。飲酒欲求を削ぐための心理的なテクニックや実践的なアドバイスが満載で、ただ「禁酒するぞ!」と意気込むだけでは、長続きしないということをこの本から学びました。

私の場合、「お酒が必要ない自分」に心底納得したときに、やめることができました。「もう、俺の人生にはお酒はいらない」。そう素直に思えた瞬間、それまでの飲酒欲求が急に小さくなりました。

禁酒を続けるコツは、未来のことを考えすぎず「今日一日だけやめる」と決めること。この1日の成功が積み重なり、やがてそれが自信となっていきます。例えば、私の場合、夜になると飲酒欲求が強くなるため、早めに炭酸水を用意し、それをゆっくり飲みながら読書や散歩をすることで気を紛らわせました。その結果、次の日の朝に「昨日は飲まなかった」という達成感を得ることができ、それが少しずつ禁酒の継続に繋がっていきました。


穏やかで気持ちいい生活へ

現在、私は現在の妻と出会い、一匹のミニチュアダックスフンドのオスと穏やかで気持ちいい生活を送っています。朝は目が覚めるとランニングをして、朝昼兼用の食事をして、そのあと犬と一緒に近所を散歩するのが日課です。散歩では愛犬のフリフリしたお尻を見たり、愛らしい仕草を楽しみながら夫婦で会話をする時間が、私たちにとってのリフレッシュの瞬間です。その後、リビングでおいしいコーヒーを飲みながら予定をたてたり、読書をしたりすることで、静かなひとときを楽しんでいます。この習慣を通じて、自分の考えを整理し、日々の小さな幸せに気づけるようになりました。当時の私には、こんな生活が待っているとは考えもしませんでした。朝の目覚めはすっきりしており、身体の調子も良く、何より自分を誇れる気持ちがあります。

もしこの記事を読んでいるあなたが同じような苦しみを抱えているなら、まずは今日一日だけ禁酒してみませんか?

きっと、未来の自分がその選択に感謝してくれるはずです。

これから、お酒で苦しんだ経験者の視点で、「禁酒」に繋がる有益な情報を共有していきたいと思います。具体的には、飲酒をやめる際の心理的なテクニックや日常生活の工夫、また禁酒がもたらす身体的・精神的な変化についてお話しします。また、私自身が実践した方法や参考になった書籍の紹介を通じて、少しでも皆さんの助けになれるよう努めたいと思っています。

現在の私は健康で健やかな日々を送れていることに感謝しています。

これからもよろしくお願い致します。

 

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この記事を書いた人

こんにちは、AL(アル)です。59歳で会社員生活を退き、少し一休みしながら次にやることを探しています。私の社会人としての人生は、お酒に支配されていた前半(18~38歳)と、断酒によって好転した後半(38~59歳)に分けられます。お酒をやめられたことが人生を変える最大の要因だったことを強く感じています。しかし「あれほど依存して溺れていたお酒をなぜやめられたのか?」が今もよく分かっておらず、心に引っかかっています。このブログでは、記憶をたどりながら、「お酒をやめられたこと」またその後のお酒やその他の依存から解放された「自由な生き方」というテーマについて深堀していきたいと思います。同じ経験や、現在悩みを持つ方のご意見を交換して「お酒の謎」、「悔いの無い楽しい人生」について深掘りしたいと考えています。

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